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季節の変化を感じられるっていいですね。あれやこれやの雑記帳デス。

ヨセミテ国立公園周辺 旅行

映画(続き)

昨日のエントリーの続き、です。
すっかり書き忘れてしまいましたが、「剣岳 点の記」は、もうかなり以前に原作を読んだのでした。もちろん文庫ですが・・・・。

地図を作るための測量をするために「山に登る」のですから、山に登ってからが本当の意味での始まり。精巧な工具を使った彼らの仕事ぶりもまたこと細かく記述されていましたし、小説ならではの登場人物の心の微細な所まで描かれていたのが印象的でした。

「ミッドナイトイーグル」や「亡国のイージス」も、先に小説を読んでいて、それから映画を見たものはいくつかありますが、こういったアクション色が濃い作品は、やはり原作に負けてしまいます。だからこそ、この「剣岳 点の記」はとても期待していた映画だったのですが、予想以上の出来栄えにいたく感動したものです。

映画と原作の相違って必ずあるものですが、この作品に限ってはそれは最小限に抑えられていたと思います。不思議だと思ったのは、柴崎らが剣岳に登頂を決行するくだりのところ。原作では、一日数回、気圧の変化を測定していた柴崎は、そのわずかな上昇傾向から、翌日は梅雨の中休みで天候が回復する、と確信したことによって、翌日早朝の出発を決意します(もちろん長次郎も長年の経験でそれを察していました)。このあたりの日常の観測とわずかな違いも見逃さないプロフェッショナルぶりに、山岳会の面々はまさにかぶとを脱いだ、といった様子だったのですが、映画ではサラっと流されていましたね。もちろんそんな気圧の変化を感じ取って、という場面も出てきませんでした。

この場面は、作品の中のクライマックスの一つで、どうしてここを変えちゃったのか?と不思議だったのです。まぁ、原作では史実に忠実に=山岳会との登頂争いという側面を避けて通ることはできません。柴崎もいつしかそういうことを意識せざるを得ない状況に追い込まれていたと思うのですが、映画化においては、山岳会との先陣争いはスパイス程度に収めたかったのかな、と。どちらが先に山頂を踏むか、という競争は、あまり重要視していなかったのだろうな、と思うのです。

それよりも、柴崎らの登頂の本当の意味を理解してくれたのが、誰であろう山岳会の面々だった、という、山男の、その現場にいたものだけが共有できた何かを訴えたかったのかもしれません。原作では、山岳会の小島からのお祝いの言葉は電報できたものが紹介されているのですが、映画では手旗信号での熱いやり取りに代わっていましたから。

小説は、柴崎らの登頂と測量の模様を記した記録物、という色彩が濃いのですが、さらに色付けした映画として仕上がった、と言えるでしょう。

また大スクリーンで見てみたい映画の一つです。
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  1. 2009/08/03(月) 21:18:22|
  2. 映画・ミュージカル
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